<質問*>私は潔好きで潔癖性の傾向があります。韓のように同じお皿に盛られた食事を、各自の唾の付いている箸で皆が突っついて食べることも、汚らしいと感じてになります。私は、もうすぐに家庭出することになっていますが、夫婦は「汚い」という念を捨てないと、お互いに完全に一つになることができないと、のお父は語られていると聞きました。「汚い」という念を夫婦生活の中では忘れて、夫婦が完全に一つになるように努力したいと思います。そのようなのお父の御言を紹介して、アドバイスして下さるようにお願いします。

<答え>一般的に男性よりも女性の方に、潔癖性の人が圧倒的に多いと報告されていますが、厳しい男女分別教育を受けてきた日本人の未婚女性食口たちの中には、強い潔癖性の傾向を持つ女性が特に多いようです。強い潔癖症の女性が持っている「汚い」という強い観念は、祝福結婚前の独身時代においては、「汚い」と感じる男性の性器や体液との接触を絶対に避けるように作用するので、不純な異性交遊を防止して善なる役割をします。

しかし、祝福を受けて家庭出発をして夫と一緒に生活するようになっても、そのような「男性は汚い」という観念を持ち続けることは、夫婦の真の一体化のために障害になりますから、望ましいことではありません。真のお父様が祝福結婚した女性たちに勧めて下さっているディ-プキスや夫の性器に対する接吻も夫の唾や性器に対して「汚い」という思いが少しでもあれば、喜んですることができません。「汚い」という思いに影響されて、ディ-プキスや性器接吻を避けて生活をすれば、夫婦が完全に一つになることができません。

真のお父様は、愛の力が「汚い」という思いを全部消化するのですと、語られています。結論的に言えば、夫に対する愛の心情が溢れ出るようになれば、問題は解決されて行きます。神様から授かった祝福ですから、夫を神様の分身・代身と信じて献身的に愛してあげることが大切です。そして、神様がデザインされて創造された夫の肉体の全ての部分と唾や精液などの体液の全てを、神聖な物・貴い物であると信じて崇拝することができれば、問題は解決されて行きます。正直に言って、最初から崇拝は難しいと思いますが、夫を愛し尊敬することができれば、問題は生じません。夫婦はお互いに尊敬して愛し合うことが絶対に必要です。

真のお父様は、御自身のお母様(忠母様)が母性愛の発露として、「汚い」という思いを超越して、幼年期の弟が重病になった時に彼の大便を舌で舐めて、その味を調べられたことに言及されて、母親がそのように献身的に子女を愛する以上の愛で、夫婦は愛し合ってこそ、神様の収穫の実として、神様の天の倉庫に永遠の宝として入って行くことができるのですと語られています。

 そして、何であっても、愛するときには、汚いものがないのです。初愛とは、そうです。……

 汚いものがない、というのです。私の母(忠母)……。私には、今でもえている貴い弟がいました。……

 しかし、その弟が病になりました。そして、八で亡くなりました。……

 その母が、「大便が苦い」と言ったのか、「甘い」と言ったのか、私は分かりません。その二つのうち、どちらかだと「病が重い」ということが分かるというのです。それで、手で、弟の大便の味を調べるのを見ました。

 ……愛する夫が病になって、死にそうになった時、その大便の味を調べれば治るのならば、味をみることができますか、できませんか?……

 母の愛以上に愛することができる男女間の愛こそ、神穫のとして、神の倉庫に、永遠のとして入って行くべきものです。母が子女を愛する以上の愛を、男女の愛としてえなかったならば、母と共に暮す男女になるというのです。(2003年5月31日)  

 「夫婦は汚いという念を持ってはいけません」「の愛があれば汚いという思いを全て消化することができるのです」という趣旨の真のお父様の御言は、たくさんありますが、その中から次に二つを紹介します。

 愛の念は、汚いものを全部消化するのです。

 夫婦が、お互いに抱き合ってキスするとき、お互いの唾の味は甘いですか、苦いですか?(甘いです)。だれが、その甘いものをつくりますか?何の力が、そんな甘い味をつくるのですか?

 愛の力です。(1996年4月18日)

 老いればキスをしない、老いれば老いるほどキスをすればうれしい、どちらを願いますか?自分もにおいが出るのです。それを忘れてしまいキスをするのが、幸福な夫婦です。それを嫌だと言いながら、こうして(鼻をつまんで)キスするのは不幸な夫婦です。

 女性の中で夫を一番愛する人は、どのような人でしょうか。夫のすべてのものを愛する女性です。「汚い」と思えば、完全な理想的な夫婦にはなれません。(笑い)笑い事ではありません!(1996年7月1日)

 キスをする時に、相手の唾を避けようとすれば、ディ-プキスを喜んですることができません。同様に、夫の性器は尿の出口でもあるので汚いと思えば、性器接吻も喜んですることができません。しかし、真のお父様は、夫の性器に対する唇だけの軽いキスだけでなく、夫の性器の「全体をのみんでも汚い所がないというのが、死をり越える愛なのです」と語れられています。そして、「愛は、愛の力はどれぐらいの限を持つかというと、死の境地まで消化してしまいます」と教えて下さっています。

愛を持てば、悪い匂いも、汚いものもすべて無くなってしまうように、神様が私たちを創造して下さったことを、真のお父様は次のように語られています。

 愛は調和も多いのです。においも、いものでも香水だと思わせます。ですから、愛には汚いものがありません。それゆえに、神の知の王です。私たちの生殖器のようなものも、最も汚いところの近くにあります。これが和合する調和だと宣布して、配置したのが男性と女性の生殖器です。最も良くない、汚い部分に装置したのです。

潔癖性の女性にとっては、一度も触れたことのなかった成人男性の性器全体を自分の口の中に呑み込むことは、死を覚悟するような愛と勇気が必要かもしれません。潔癖性の傾向のある女性にとっては、結婚生活の最初からそのような愛と勇気を持つことは、容易ではないと思います。しかし、夫への妻の愛情表現として、夫の性器に優しく唇のキスをしてあげる程度の愛と勇気、そして夫が自分の口に舌を挿入してくるディ-プキスと自分の性器に対するキスを喜んで受け入れる程度の愛と勇気は、家庭出発をする時には養っておくことが望ましいと思います。

参考として、男性の潔癖性についても一言触れておきます。男性としての本能的行動は、男性ホルモンの影響で生じますが、その一つの結果として、健康な男性には潔癖症の人は非常に少ないとされています。ですから、健康な男性は、「汚い」という意識を少しも持たないで、愛する女性とディ-プキスや性器接吻をしたいという激しい情熱的な思いを持つようになります。

「汚い」という概念を、もし男性が少しでも持っていれば、男性としての積極的なディ-プキスや性器接吻などの情熱的な行動をためらうことになりますから、夫婦が完全に一つになることはできません。しかし、健康な男性であれば、男性ホルモンとフェロモンの強力な影響を受けて、女性の性器や体液に対する「汚い」という思いは、意識の中に全く存在しないで、「最高に魅力的で美しく、神聖な存在」として認識されるようになっています。

ですから、女性の性器や体液に対して「汚い」という概念ではなく、「神聖な存在」としての意識を男性が持つように、そして、それらを賛美し崇拝するように創造して下さった神様に、特に女性たちは感謝を捧げなければなりません。




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