<質問*>夫婦間の心情係を通して、夫婦の心情だけでなく、子女の心情、兄弟姉妹の心情、そして、父母の心情をも象的に体恤できると聞きました。では、夫して、どのような行や行動をすれば、そのような四大心情圈の全ての心情を、夫婦間で象的に体恤できるのでしょうか?夫して具体的に何をしたら良いのか、えて下さい。

<答え>私が、夫として一番意識して努力して来たのは、どのように行動すれば、妻が自分に対して娘としての心情を感じることができ、私が妻に対して父親としての心情を感じることができるかということです。私は、妻に対して、自分の4人の息子娘たちが呼ぶように、いつも「ママ、ママ」と呼んでいます。ですから、妻は、私を通して、母親の心情を感じることは、難しいことではなかったと思います。事実、次のように、笑い話のような失言(?)をしたこともあります。

妻に膝枕をしてもらって、ソファで休んでいたときに、ウトウトと半分居眠りをしながら、「ママ、このママのお腹から自分は出て来たんだね。」と言ったことがあります。妻は、「あれそうだったかしら?」と思ったのか、即座に否定はしませんでした。しかし、ちょっとしてから、「あなた、何言ってるの。あなたは、このお腹にあなたの種を植え付けたんじゃないの!」と言われてしまいました。私の発言は、理性的な言葉ではなく、心情的に、本当にそのように感じて出てきた言葉で、瞬間的には、「自分はママのお腹から産まれた」ことに対して、自分には何の疑いもありませんでした。「ママ、ママ」と呼んでいれば、自然に息子の心情になります。

夫として、妻を通して四大心情圈を象徴的に体恤しようとする場合に一番難しいのは、妻に対して父親の心情を経験することのようです。夫が父親の立場に立って、父母の心情を体恤するためには、どのような行動・行為をしたら良いか、即ち、妻が娘としての心情を体恤するためには、どのような行動・行為をしてあげたら良いかについて、考えてみましょう。

昔、小さい子供の頃に、お父さんがしてくれたような強い筋肉を必要とする力仕事をしてあげることが、一番基本です。一緒に夫婦で運動する時には、たまには、自分の背中に妻をおんぶして、背負って歩いてあげることも、そのような心情を経験するために助けになります。

私は妻に対して、「今日は、娘としての心情を味合わせてあげたいから、そうする」と言って、妻を背負って、公園の運動場を一周したこともあります。背負われた妻は、娘(子女)の心情と妹(兄弟姉妹)の心情を少しは体験できたようです。私自身は、父親の心情と兄としての心情を象徴的に体験できました。この場面は、私の好きだった韓国のテレビドラマ「秋の童話」に出てくる兄が妹を背負って歩く場面から学んだもので、その場面を再現してみました。

幼児が親と手をつないで歩くように、夫婦が手をつないで歩くことも、お互いに息子・娘としての心情を再経験するための助けになります。日本のように洗い場がついている大きな家族用浴室があれば、幼児の時にお父さんと一緒にお風呂に入って、背中を洗ってもらったように、妻の背中を洗ってあげることも、妻が娘の心情を体恤するために助けになります。

幼児の時に、お父さんに膝枕して、耳アカを掃除してもらったように、妻に膝枕してあげて、耳垢を掃除してあげることも、父親としての心情を象徴的に経験するために助けになると思います。妻の手や足の爪を切ってあげることも、父親としての心情を象徴的に経験するために助けになります。娘の時に父親からもらったような、可愛らしいプレゼントを妻にあげることも良いと思います。

夫が妻に対して自分の娘のように接して、夫が妻を通して父親としての心情を象徴的に体験するためには、夫が意識的に父親としての立場に立って、積極的に愛する努力と実践が必要なようです。この世の中の全ての男性たちが、自分の妻を、いとおしい愛する自分自身の幼い娘のように思って、優しく接して愛してあげたならば、離婚騒動は完全に無くなることを確信しています。

最後に、夫婦関係に関する真のお父様の最近の御言の中で、私が強く共感を感じるようになった御言を紹介します。

 父子間や兄弟間の係とは異なり、夫婦間の係は、最初から血で結ばれた絶係ではありません。育った環境と境遇が異なる一人の男性と一人の女性が出い、新しい人生を共に創造していく、に革命的な決であり決心です。

 しかし、夫婦係は、の愛で一心一体になれば、血よりもっとく絶的な係にわります。夫婦係の中には、無窮、無れています。一度天を中心として夫婦の因を結べば、永遠に別れることができない絶対関係になるのです。(2004年12月2日)

そのように、真のお父様は、「夫婦係は、の愛で一心一体になれば、血よりもっとい絶的な係にわります」と教えて下さいました。夫婦の心情関係を通して、象徴的ではあっても四大心情圈を完全に体恤してこそ、私たちは、夫婦関係の中に隠れている「無窮、無を体験することができます。そのようにして、夫婦係を通して、象的ではあっても四大心情圈を体恤してこそ、夫婦は「永遠に別れることができない絶対関係になる」(2004年12月2日) と言うことができます。

なぜかというと、夫婦には、血縁関係はありませんが、夫婦間における四大心情圈の体恤を通して、配偶者を、自分自身の本当の父・母のように感じ、自分自身の本当の兄弟・姉妹のように感じ、自分自身の本当の息子・娘のように真実に感じるようになったとするならば、夫婦関係が、変えることもできる「運命関係」ではなく、永遠に変えることができない絶対的な「宿命関係」になったことを意味するからです。




coded by nessus