<質問>病も治り、幸福になるという「奇跡を生む三つの魔法の言葉」について明して下さい。

 

<答え>三つの魔法の言葉は、「感謝します」「ありがとうございます」「ついてる、ついてる」です。この三つの言葉は、工学博士の五日市剛(いつかいち・つよし)氏が『ツキを呼ぶ魔法の言葉』という小冊子を通して紹介しています。そして、その効果が、『壮快』などの健康専門雑誌でさらに紹介されて、大きな反響を呼んでいます。その内容は、真の父母様が常に指導してくださっている内容と一致します。

これらの魔法の言葉の使い方には、コツがあります。それは、1)嫌なことがあったら「ありがとうございます」と言い、2)逆に、いいことがあったら「感謝します」と言うことです。3)そして、いつも前向きに、「ついてる」「ついてる」と言いけることです。

 真のお父様も、日本人の訪韓修練会で、立たれたまま長時間の講義をされた結果、足が大変に痛くなり、立ち上がることができなくなられたことがありました。その時、真のお父様は、「足よ足よ、今日まで、本にご苦労様、ありがとう。もう少し、頑張っておくれ」とさすりながら、感謝と哀願の言葉をかけられた結果、立ち上がることができるようになられたと言われています。

 真のお父様は、困難や苦痛の中でも、「ああ、よい」と言うことができなければならないと語られています。困難や苦痛に出会った時でも、不平不満を言わないで、早く大きな蕩減条件を立てる道を歩ませて下さって「ありがとうございます」と言い続ければ、復帰の完成が成されて、新しい運勢が開かれるようになります。ですから、病気になっても、苦痛の中でも、不平不満を漏らすことなく、「ありがとうございます」と言い続ければ、蕩減条件を立てて、蕩減期間を通過することができるようになり、より本然の状態へと戻ることができます。

真のお父様の関連する御言を紹介します。

 病になっても、「ああ、私は病で死ぬ」と思えば、死ぬのです。「病になったのは、私に福を下さるためであり、もっと健康になるためだ。」このように考えれば、健康になるのです。もっと健康になるというのです。

 病が私を侵犯して、出ていけば、もっと健康になります。

そのように、病気になった時でも、悲観的になるのではなく、常に肯定的な世界観をもって、感謝する生活をすれば、病気も直り、健康を回復することができると、真のお父様は語られています。

先に紹介したように、五日市先生の本の中では、嫌な事や困難に出会った時には、「ありがとうございます」と言い、願いが成就したりして良いことがあった時には、「感謝します」と言うことが、勧められています。しかし、この二つの言葉は、表現が違うだけで、意味的には全く同じです。ですから、どのような病気や困難な状況の中にあっても、絶対に不平不満を抱くことなく、「常に感謝することが勧められている」と、言い直すこともできます。この内容は、真のお父様が私たちのために、昔から繰り返し繰り返し、何度も何度も教えて下さっている内容です。そのように「感謝の生活」を常にすることの重要性を真のお父様が教えて下さっている御言を、次に紹介します。

 今まで神が苦されたのは、結局私のためであり、今から行くべき世界的な開拓路程の95セントの使命も、私のためにしていらっしゃることを考えれば、私たちは神に感謝せざるを得ません。

 ですから、信仰生活の本質とは何でしょうか。神に感謝する心です。そのような心があれば、それが、落の因を越えて神と私が一つの因で結ばれる基になるのです。

 自分がこの世の中で良い立場に立って、初めて感謝しなければならないのですか。違います。今まで神は、良い時だけ私たちのために苦してこられたのではありません。困難な時であるほど、より苦することを誓われたのです。ですから、今日の私たち自身も、神を私の父として侍るためには、私の代わりにかれってこられた神に、良い立場で感謝することよりも、困難な立場でより一層感謝しなければなりません。したがって、深刻な十字架の途上でも神に感謝できるというのは、このような原則を理解する時に可能なのです。

 神は、人間創造以降、史始まって以、一度として喜んでみることができませんでした。私たち統一教会の人たちは、神を苦させようとしてこのように集まったのですか、喜ばせようとして集まったのですか。喜ばせようとして集まったのですか、悲しませようとして集まったのですか。喜ばせてあげるためです。

 それでは、喜ばせてあげようとすれば、どのようにしなければなりませんか。泣いて暮さなければなりませんか、笑って暮さなければなりませんか。笑って暮さなければなりません。神のために生きようとすれば、笑って暮さなければならないという結論が出てくるのです。

 アダムとエバが神に侍って暮していたエデンの園で、神のために笑って暮らし、神と共に相談して暮らさなければならなかったのですが、笑うことができず、相談できなかったことがことが落の動機になった、ということを皆さんは知らなければなりません。ですから、宗者は、感謝の生活を中心とする所で神と出うことができるのです。不平不を言う所では絶に神に出えない、ということを知らなければなりません。

大母様も、「『私はうまくいく、うまくいく。うれしい、うれしい』と言えば、うまくいくし、うれしくなるのです」と、日常生活において繰り返して口にする言葉と、心の持ち方の重要性を、婦人たちに対して、次のように強調されています。

 妻としての美しい微笑みを忘れてはなりません。顔だけ笑うのではなく、心の底からうれしくて笑えるようにしなければいけません。そうしてこそ家庭に福が訪れてくるのです。

 善は喜びです。反は不幸です。善は幸せな心であり、うれしい心です。いつも心がうれしくなくてはなりません。それでこそ福がついてくるのです。しかし、心がいつも暗くて苦痛があるなら、そこには不幸がついてくるのです。自分の心持ちをどうするかによってわってくるということを知らなければなりません。ですから「私はだめだ、だめだ」と言ってはいけません。「うちの家庭は、たいへんだ、たいへんだ」と言えば、もっと難しくなります。「私はうまくいく、うまくいく。うれしい、うれしい」と言えば、うまくいくし、うれしくなるのです。

 日本の食口たちは、み旨をするために疲れ、また困難が非常に多いでしょう?しかし、困難であるとは考えず、これこそ私の先祖と後孫が幸せに暮すために貯蓄をしていく道だと思ってください。神のご父母は、私たちに天運をえたとおっしゃいました。ですから、私たちが絶信仰の中で生活すれば、必ず幸せな家庭になるという事を心に刻んでください。(2004年7月13日)

春山茂雄先生も『脳内革命2』の中で、プラス発想の重要性を強調しています。私たち信仰者の生活は、どのような困難な状況に遭遇しても、常にポジィティブに考え感謝して歩む生活です。そのように、ポジィティブに考え、常に感謝して歩めば、いつか必ず天運が到来します。

春山先生は、中国の古い言葉「一笑一若、一怒一老」を紹介しています。一回笑えば一つ若返り、一回怒れば一つ年をとるという意味です。そして、「プラス発想をすれば若返る。マイナス発想をすれば老いるのです。」と、何事に対しても、笑いながら、感謝して生活することを勧められています。

天正宮の亨進様のお部屋で、私が2006年の秋に、真のお母様から直接いただいたアドバイスの一つに、の毛をく染めなさい」という短い御言があります。「白が目立つと、白頭の年寄りになったと思うので、の毛をに染めて、年を忘れて、自分はまだ若い、若いと思って、ポジィティブに考えて一生懸命に頑張りなさい」という意味であると、私は解釈しています。

私は、髪の毛を真っ黒に染めれば、十才ぐらい若く見られます。若い気分でいれば、年寄り染みないで、意欲も湧いてきます。ですから、「プラス発想」「ポジィティブ思考」を推進するためにも、真のお母様のアドバイスのように、中老年の人で白髪のある人は、髪の毛を染めることを、積極的にお勧めします。




coded by nessus