日本人の祝福家庭の中には、夫婦の性行為は世俗的な行為であると感じて、真剣に愛し合おうとはしないで、頻度も少なく、時間も短い時間で簡単に済ますことがより信仰的な生活習慣であると考えている夫婦が少なくないようです。しかし、夫婦の愛の行為は、祝福を受けた夫婦が果たすべき神様に願われている聖なるみ旨の一つであり、神様をお迎えして、神様に喜びをお捧げする神聖な行為です。

真のお父様は、次のように「命を懸けて」真剣に愛の行為をしなさいとまで語られています。

 万物の霊長である人間の特権は何ですか。愛の特権です。動物は一年に一回、繁殖のために愛しますが、人間は季節を超越しています。これが特権です。これに命を懸けて、これに専門的な理想を描いて、花を咲かせるべき場が家庭なのです。(1995年8月28日)

日本人の祝福家庭の中には、夫婦のセックスに関して、想像することや考えること自体が悪い行為のように感じている人がいるようです。しかし、祝福夫婦のセックスは、不倫行為ではなく、神様を中心とした真の愛の実践行為です。それゆえ、どのように愛し合おうかと真剣に「毎日考えなさい」と、真のお父様は次の御言のように指導して下さっています。

 神様と人間がどこで出会うのですか。男性と女性が一つになって愛する時間、生殖器を中心として一つになる時間に会うのです。これが堕落したために、世の中を滅ぼし、天地を滅ぼしたのです。それゆえに悪いものになりました。男性と女性が愛する時、神様を迎えにいくのだと考えなければならないというのです。下半身を見る時、「どうやってこの器官を、愛を中心として連結させようか。どのように奉仕して歓迎しようか。どうすれば真の愛を中心とした夫婦生活をすることができるだろうか」と毎日考えなさいというのです。

大母様は、祝福家庭の婦人たちに対して、夫婦の性生活をもっと積極的にしなさいと語られて、次のように、祝福を受けた夫婦がもっとたくさん愛し合うことを勧められています。

 ここで食口たちの面接をするとき、夫が妻に「愛し合おう」と言うと「嫌です」と、そのようにする人が本に多いのです。ところがそれは間違ったことです。誰が(妻の生殖器)の主人なのですか? 夫が主人なのですから、妻はその夫がそこ(妻の生殖器)て思い切り遊ぶことができるように、完全に開いてあげなければいけません。そうしなければ外に行くのです。私が今まで面談してきた線した食口たちの中には、妻が妻としての責任を果たせないで、そうなった人もいるのです。妻にそういう心がないために、夫がそのようになったのです。

 したがって本に夫がそこにて遊ぶことができるように開いてあげて、あちこち行くことができるように心と体を開いてあげなければなりません。わかりましたか。心と体を開いてあげなければなりません。夫が愛する間に、その夫が川にも行ってて、岩場にも行ってて、河原にも行ってて、花畑にも行ってて、山にも行ってて、野原にも行ってることができるように、皆さんがしてあげなければいけないという話です。

 皆さんが究して究して、夫たちがみんな、その被造世界(女性の生殖器)に行ってることができるように究して開いてあげなければなりません。分かりましたか?神がそのように描いてくれました。描いてくれたのに、これを私たち祝福家庭たちが行なうことができないで、誰がしているのか知っていますか?サタンが! 酒場の女性たちが! 酒場の女性たちがそれをまず知って、酒場の女性たちがの手段としてそのようにするというのです。サタン側の女性たちがよりその世界を行っているのです。

 それで私が皆さんにこの性育や家庭育をしているのです。別の意味ではありません。それでしているのです。何故でしょうか? 神側の祝福家庭が夫婦においてもっとしなければいけないのに、誰がよりたくさんしたのですか? サタン側が! ですから皆さんが本に夫と妻が手に手を取り合って思い切り愛するその時間をつくらなければなりません。分かりましたか?(はい) (2001年3月21日)

 神は愛の行について「思いっきり遊びなさい」「愛の行をすればするほど、より大きな喜びが、より美しい美が出てくる」というように明なさっています。男女が美しい愛をお互いにえて受けるときに、そこには二人の切っても切れない情が生まれるのです。愛の行をして情が生まれるのであって、まず情があってから愛の行するのではないのです。反に考えてはいけません。「愛情がないのに、どうしてあの夫と愛の行ができますか」と言ってはいけないのです。愛の行をしながら情を作っていき、情を作っていきながら、一心一体になってこそ、家庭が幸福なのです。そうしてこそ妻において不が表れないし、夫においても不が表れません。(2004年7月13日)

最高に幸福な夫婦になるための生活習慣としては、夫婦が一緒に生活しているのであれば、個人差や年代差もありますが、夫婦の愛の行為は、生理期間を除けば、1週間に2回以上実践することが一般的に望ましいとされています。1週間に2回以上、具体的に2回を含んで何回愛し合うのが、一番望ましいかについては、個人差や年代差によって異なりますが、20代、30代の若い世代では、妊娠を望むのであれば、毎週3-4回程度、50代以上であれば、毎週2回程度が一番適当なようです。

しかし、愛の行為で一番大切なのは、頻度、即ち、回数や量ではありません。やはり、その質です。夫婦が神様の創造性と神様の心情に感動して、神様に心から感謝を捧げながら、お互いに尊敬心を持って愛し合い、見ておられる神様が感動されるように美しく愛し合うことが一番大切です。

 「セックスの頻度(回/月)と幸福度(%)の関係」に関して、2007年に実施された日本人夫婦を対象としたこの世の調査を見ても、月に5-10回、即ち、毎週2回程度愛し合う夫婦の幸福度が明確に一番高く、月に10回以上愛し合う夫婦の幸福度は、月に5-10回愛し合う夫婦の幸福度よりも低いだけでなく、月に2回愛し合う夫婦、3回愛し合う夫婦、4回愛し合う夫婦の幸福度よりも低いという結果が発表されています。 

月に10回以上愛し合う夫婦の間では、逆に幸福度が減少するのは、女性の中には、男性の要求に応じて過度に頻繁に愛し合っても、そのことに喜びを感じない女性が少なからず存在することが、その大きな理由のようです。ですから、最高に幸福な夫婦になるためには、愛の行為の頻度においても、夫は一方的な要求にならないように、女性の願いにじっくりと耳を傾けて、お互いに尊敬心を持って美しく愛し合うように努力をすることが大切です。

更年期前の比較的に若い世代の夫婦においては、「愛し合うこと」はもちろん挿入を含む性行為を意味します。しかし、更年期以後の夫婦においては、夫や妻の生殖器の健康上の問題などで、挿入を含む性行為が不可能になる場合も少なくありません。そのような場合においても、挿入を含まないキスや愛撫だけでも、男性も女性も手や口によるスキンシップを通して愛の喜びと充足感を感じることも可能です。

「10の生活習慣」の実践度に関して、私が作成した自己採点表に点数を記入する時に、更年期以後の夫婦も「A+」の成績に容易に到達することができるように、「愛し合うこと」は、必ずしも「挿入行為」を意味しないことを明らかにしておきます。




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