<質問*>生殖器にするのお父御言を、さらに追加して紹介して下さい。

<答え>2005年に出版された『二世たちの行く道』に引用されている、生殖器に関する典型的な真のお父様の御言を紹介することにします。

 皆さんは、愛の家を持っていますか。女性は、女性の愛の家をもち、男性は、男性の愛の家をもっているのです。しかし、女性がもっている愛の家は、女性のものではなく、男性の愛の家であり、男性がもっている愛の家は、男性のものではなく、女性の愛の家なのです。

 女性の愛の家は、どこにあるのかといえば、女性にあるのではありません。入れ替わっているのです。それでは、なぜそのように交差するのでしょうか。宇宙を連結させるためには、交差しなければならないのです。これは愛のみが可能なのであって、他のものでは駄目なのです。

 自分の体はみな自分のものだと言うのですが、愛だけは自分のものではないのです。愛だけは自分のものではありません。それは、相対のものなのです。入れ替わっているのです。それが入れ替わっているために、交差点が生じて、それを拡大すれば球形が現れるのです。

 旧約聖書には、「聖所」や「至聖所」という言葉があるでしょう?聖所は人を象徴するものであり、至聖所は愛の家を象徴するものなのです。愛し得る家をいう言葉なのです。

 人はみな、聖所、至聖所をもっているのです。聖所とは、神様に侍ることのできる所です。では、至聖所とは何でしょうか。特権的な愛の主管圈をもつために、神様との関係を結ぶ所が至聖所なのです。至聖所は、天と通じ得る位置をいうのです。天との直接的関係を結び得る至聖所が、正に皆さんの生殖器なのです。

 それは、誰もが触れることはできません。至聖所を守る祭司長は、二人ではありません。絶対に一人なのです。至聖所を守っている人が鍵を開けなくてはならないのに、他の人がそれを汚し、触れるようなことがあれば、昔は雷に打たれて死んだのです。エバの至聖所の鍵をもっていたのはアダムであり、アダムの至聖所の鍵をもっていたのはエバであった、ということを知らなければなりません。

 そして、神様と一体の愛の因縁を結ぶところで、神様に侍って愛し合わなければならないのです。男性と女性の二人だけが会うのではありません。男性と女性の二人が会う時には、天理を代表する宇宙創造理想が巡り合う位置で、神様の愛を受けるのです。そして、「あなたの願いである息子、娘を得なければなりません」と言うのです。(1984年6月20日)

 そのように、男性の生殖器の主人は、女性である妻であり、女性の生殖器の主人は、男性である夫であると、真のお父様は繰り返し教えて下さっています。そして、「天との直接的係を結び得る至聖所が、正に皆さんの生殖器なのです。」と語られています。それゆえ、男女の生殖器が会うところが、「神と一体の愛の因を結ぶところ」であり、「神の愛を受ける」ところであると、語られています。私たちは生殖器を通して、夫婦が一つになるだけでなく、神様と一体となることができるので、私たちの生殖器は、「神が臨在されるところである」という表現も、真のお父様は、生殖器に関する多くの御言の中で繰り返し使用されています。

 

<参考書籍>




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