<質問*>侍義の生活に関する質問です。私たちは、なぜ「侍義の生活」「侍る生活」をしなければならないのでしょうか?「侍義の生活」「侍る生活」の目的について説明して下さい。

 

<答え>「真の愛と絶対『性』と健康法」に関する本書の中で、この質問を選択したのは、「侍義の生活」「侍る生活」は、私たちが、どのようにしたら神様の真の愛を相続し受けることができるか、誰をどのように愛すべきか、という「愛の問題」に密接に関連しているだけでなく、健康を維持・増進するための生活、即ち、「健康法」にも密接に関連しているからです。

では、なぜ私たちは「侍義の生活」「侍る生活」をしなければならないのかについて、真のお父様の御言を引用して考えてみましょう。

 

 それでは、侍る生活をしようとすれば、最初に誰に侍らなければならないのでしょうか。神様に侍らなければなりません。神様に侍る目的は、結局自分が発展するためです。自分が発展するためには、神様の愛を受けなければなりません。神様の愛を受けなければ、発展しようとどんなに外的に努力してみても発展できません。神様の愛がとどまり得る人にならなければ、発展できないのです。

 ……

 このように、なぜ侍る生活をしなければならないのかを考えてみるとき、神様の愛を受けるためであることを知らなければなりません。したがって、皆さんは、まず神様に侍らなければなりません。

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 それでは、私たち統一教会は、神様の愛を受けるために信じるのですが、どのように信じなければならないのでしょうか。神様の愛を中心として、第二次的な愛の主人のような立場で、霊肉の完成的基盤の上に立っているのが真の父母です。ですから、その真の父母を中心として至誠を尽くす道しかない、という結論に達するのです。

 その生活とは、統一教会でいう「侍る生活」です。過去には、霊界に対して、神様に対して、精誠を尽くし、祭祀を捧げたりしました。今からは、そのようなことをしなくてもよいというのです。今では、自分の生活が祭祀です。神様の愛の圏内で美しく生き、その愛を受ける人としての権威を立て得る生活をすることが祭祀より優るのです。そのような時になったので、皆さんが侍る生活をしなければなりません。

 それでは、侍る生活とは、どのような生活でしょうか。至誠を尽くす生活です。昔は霊的に神様に対して精誠を尽くしましたが、今日では、実体的な(真の)父母の前に孝と誠を尽くすのです。

 ……

 ですから、皆さんがそのように理解して、侍る生活をすることによって、神様の愛の圏内に入っていくことができます。そのようにすれば、神様の保護圏内にとどまれることを知らなければなりません。(1975年5月1日)

 

そのように、真のお父様は、私たちがまず最初に神様に侍る目的は、神様の愛を受けて発展するためであると語られています。簡単に言い換えれば、神様に侍る目的は、神様の愛を相続し、神様の愛の圏内に安着して、私たちが幸福になるためであると言うこともできます。特に、祝福を受けた夫婦が、永遠的な意味で真に一つになるためには、侍る生活を通して、神様・真の父母様との縦的な愛を中心としてこそ、真に夫婦が一体化することができます。

夫婦が真に一つになるためには、縦的な神様の愛を中心とする必要があると、真のお父様が語られている御言を次に紹介します。

 

 統一教会で祝福を受けた夫婦たちは、縦的な愛を中心として横的な愛を成して、はじめて天国に入ります。(1984年5月19日)

 

 祝福を受けた人々は、横的な愛の基盤を立てるために、神様が必要とされるので、横的な姿勢よりも縦的な神様を重要視しなければなりません。縦的な愛を中心とした愛を成してこそ天国に入れます。

 

健康を維持・増進するためにも、侍る生活を通して、神様・天地人真の父母様と縦的に一心一体となり、神様の愛の圏内、神様の保護圏内に安着することがとても大切です。本章の下記部分で説明するように、私たちが健康を回復・維持・増進するためには、神様・天地人真の父母様に侍る生活をすることを通して、「正午定着」を成すことと、縦的な愛を中心として夫婦が「絶対祝福夫婦」となり、夫婦が真の愛を実践して「一心一体」を成すことがとても大切です。

ですから、神様・天地人真の父母様に侍る生活とは、「正午定着」を成している人・成そうとする人が、当然実践すべき生活であると同時に、祝福を受けた夫婦が永遠的に真の愛を実践して「一心一体」に成ろうとする場合に、当然実践すべき生活です。ですから、侍る生活は、真の父母様が教えてくださっている健康法の土台であり、私たちが最高の幸福に至るための絶対的必要条件の一つであると言うこともできます。

 

<参考書籍>
 




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