<質問>私たち祝福家庭が、生活倫理における善悪判断をする場合に、その判断の権威・根拠は、どこに置いたら良いのでしょうか?

 

<答え>私たち祝福家庭の生活倫理は、祝福家庭が守るべき「天の伝統」と言うこともできます。「天の伝統」の最終的権威に関して、郭錠煥(クァク・チョンファン)会長が、『伝統・第1巻』の「序文」で語られている内容を紹介します。

 

 もし、[真の]お父様が伝統に関してある決定をされ、それがこのシリーズの内容と異なる場合は、この本の文章や部分は訂正されるべきであり、従うべきではありません。私たちの信仰生活では、あらゆる面で、[真の]お父様の御言が最終的権威をもっているからです。

 

このように郭錠煥会長が語られているように、私たちの生活倫理の判断において、最高の権威をもっているのは、天地人真の父母様の御言です。そして、真の父母様の御言の中でも、基本的に一番最近の御言が、一番最高の権威を持っています。ですから、御言を読む時には、真の父母様が「いつ」語られた御言であるかということに、留意する必要があります。それゆえ、『天聖経』の各国語への翻訳・出版に際して、真の父母様は、「それぞれの御言が『いつ』語られたものであるかが直ぐ分かるように、分かる限り、その御言が語られた『年月日』を本文に必ず記入するようにしなさい」という指示を出されています。

さらに、以前に語られた御言の内容と異なるような場合には、「誰を対象として」語られた御言であるかということにも、留意する必要があります。御言は、必ずしも全世界の全ての人たちや、全ての食口たちを対象にして、語られてはいないからです。「重生」の必要性などのように、堕落の血統圈にある一世だけを対象にした御言もあれば、天の血統を相続した祝福二世・三世だけを対象にした御言もあります。また、女性だけ、あるいは男性だけを対象にした御言もあります。

また真の父母様が認定され、信頼しておられる大母様(訓母様)のみ言葉も、私たちの生活において重要な権威を持っています。大母様のみ言葉の中には、真の父母様の御言や思想を、具体的に生活に適用して、分かりやすく解説して下さっている内容が多くあります。私は祝福家庭の「生活倫理」に関心をもって研究しています。ですから、具体的な家庭生活に関して、的確に非常に分かりやすく指導して下さっている、大母様のみ言葉には、大変に感動し、感謝しています。

さらに、私たちの「良心・本心」も、善悪判断の権威・根拠と見て良いと思います。『原理講論』の本は、「本心」と「良心」を厳密に区別しています。しかし、次に紹介するように、真のお父様の御言の中には、「良心」と「本心」を特別に区別しないで、「良心」を広い意味の「本心」と解釈して、語られている御言が多くあります。神様が私たちに与えてくださった本心・良心の声に、私たちが忠実に従って生活すれば、神様の声を聞くことができて、正しい道を歩むことができるということです。

 

 良心は両親に優る! 良心は先生に優る! 先生が必要ありません。良心には、教育が必要ないというのです。そのような偉大なものをもっています。良心は神様に優る! 神様を必要とするのは愛を引き継ぐためです。愛に連結された場合には、いつでも神様が一体となっているのです。(1993年12月29日)

 

 さあ、よく覚えてください。文総裁が発見した中で、歴史にない発見は何でしょうか。今回の(世界基督教統一神霊協会創立)五十周年記念式の結論が何ですか。良心が命令することに対して、神様に侍るように侍り、救世主に侍るように侍って暮す人は、天下のどこに行っても引っ掛かることがありません。天の国の十二の真珠門が、さっと開かれます。自分が門の前に行けば自動的に門が開くように、十メーター、五十メーター、百メーター前に行けば、さっと開くようになっています。

 第一は何かというと、良心は父母に優るということです。言ってみてください。(「良心は父母に優る」)。良心は師に優る。(「良心は師に優る」)。良心は主人に優る、王に優るということです。この三つです。これが主体思想の三つの内容です。

 良心は、父母よりも先に私が持つようになりました。良心は、師よりも先に私が持つようになりました。皆さんの良心は、国王よりも、国の大統領よりも先に、私の心に定着するようになったのです。それでは、誰のためですか。誰によってですか。お一人しかいない神様によってです。神様は、父母の中の王であり、師の中の王であり、大統領の中の大統領です。そうですか。そうではないですか。(そうです)。(2004年5月13日)

 

 良心の作用の中で、最高、最上の機能が正に、真の父母、真の師、真の主人の役割の機能です。言い換えれば、良心は、私たちが生まれた時から真の父母、真の師、真の主人の位置で私たちの生を指導し、教育する、神様の代身者であるということです。私たちの一挙手一投足を、一時も逃すことなく導き、監視する責任が良心の機能だということです。

 ですから、良心は、私たちのすべての言行はもちろん、考えまでも父母よりも先に知り、師よりも先に知り、神様よりも先に知るのです。神様が、人間の人生を指導し監視する本源的な機能を、良心に伝授して下さったからです。(2007年7月4日)

 

生活倫理における善悪判断をする時には、関連する真の父母様と大母様の御言をじっくりと読んで、自分の良心(本心)に照らし合わせて、正しいと判断することを選択し実践することが、望ましいと言えます。そして、信仰の中心者(霊の親や所属教会の教会長)にも相談することが、望ましいと言えます。祝福二世や三世においては、自分の肉の父母は、祝福を受けた父母であり、神様を中心とした父母ですから、自分の肉の父母にもよく相談することが望ましいと言えます。

そのようにして善悪判断をすれば、平安な心でその結果を受け入れることができますし、神様を中心として判断したと言えると思います。

 

<参考書籍>
 




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