<質問>「蕩減復帰摂理時代」の生活倫理と、「天一国時代」特に「後天時代」の生活倫理との、基本的な違いについて説明してください。

 

<答え>「蕩減復帰摂理時代」は、夫や妻や子供たちなどの身近な愛する家族を生活の中で「犠牲にする時代」であったと言えます。堕落世界から本然の世界に復帰するためには、必ず蕩減条件を立てることが必要でした。蕩減条件を立てる過程は、「苦痛と犠牲」が必要とされる過程でした。言い換えれば、「十字架の道」を歩むことが必要でした。

特に再臨主を中心とした「成約時代」は、涙を流しながら自分が一番愛する者を犠牲にしなければならない「心情の十字架の道」を歩むことが要求された時代でした。真のお父様の御言集である『御旨の道』の中には、「モーセは御言の十字架、イエス様は肉体の十字架、再臨主は心情(愛)の十字架」という御言が記録されています。

それに対して、「天一国時代・後天時代」は、摂理的には、黙示録に預言された「新天新地」、即ち、神様を中心とした創造本然世界の到来を意味します。ですから、「天一国時代・後天時代」の到来は、救いを求める「祈り」や「宗教」の必要のない「真の愛を実践する世界」が到来したと言えます。真のお父様は、2005年9月18日(陰暦8月15日)の「秋夕(チュソク)節」の日に、「宗教が完全に無くなる時代が到来した」と宣言れています。本来は、「天一国時代・後天時代」においては、祝福家庭が、氏族的メシヤと「統班撃破」(隣近所の復帰)の使命を完遂して、周囲の360度四方八方に、完全に神様と真のご父母様を中心とした本然の世界が存在しなければなりませんでした。

私自身も、「蕩減復帰摂理時代」においては、母親が1974年に日本で胃癌で亡くなった時には、米国で活動していましたが、ビザの関係もあってお葬式にも参加できませんでした。「死人のことは、死人に任せよ」を文字通りに実践してでも、公的な御旨を優先することを願われていたのが、蕩減復帰時代でした。肉親を犠牲にし、妻(夫)を犠牲にし、子供たちを犠牲にし、家庭を犠牲にして歩むのが、蕩減復帰時代でした。韓国の先輩家庭の中には、1960年代の祝福家庭の総動員摂理の中で、愛する子供たちを孤児院に預けて、遠く離れた任地で伝道活動に献身的に従事したケースも珍しくはなかったと聞いています。

「蕩減復帰摂理時代」においては、公的なみ旨のために個人と家庭を犠牲にすることが、神様の御心にかなった行為であると教えられ、私たちは実践してきました。祝福を受けて夫婦になった妻に対しても、蕩減復帰摂理時代においては、新しい服を買ってあげたことも一度もありませんでした。1983年1月からは、生後百日を過ぎたばかりの乳児であった次男を含めて、幼い子供たち三人を、飛行機で訪問しなければならないほど遠い託児所に三年間以上預けて、妻は献身的に動員活動をしなければなりませんでした。

「蕩減復帰摂理時代」から「天一国時代・後天時代」への転換は、愛する者を「犠牲にする時代」から、愛する者を「真に愛する時代」への転換です。現在は、真の愛を実践して、神様と共に最高の喜びに満ちた幸福な生活をする時代へと転換しつつあります。私たちは、天一国時代の家庭盟誓の一番から八番までを通して、「天一国の主人である私たちの家庭は、真の愛を中心として…」生活することを、毎日毎回宣誓しています。

ですから、先天時代のように一番愛する人を犠牲にすること(「汝のイサクを捧げよ!」)の必要性とその意義を学ぶことは、これから徐々にその必要性がなくなります。それよりも、これから本格的に展開する「天一国時代・後天時代」においては、生活における真の愛の具体的な実践方法を学ぶことが、一層重要になって行きます。真の父母様の御言も、1994年からは「世界平和統一家庭連合」時代を迎えて、そのような夫婦生活・家庭生活における具体的な真の愛の実践方案に関連する内容が非常に多くなっています。

 

<参考書籍>
 




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